提言:スタートアップを進化させる“デザインの三大要素”とは

デザインの力で、スタートアップや新規ビジネスの“ゼロイチ”実現をサポートするために。これまでの「スタートアップとは?」「デザインとは何か?」という問いへの考察に続き、スタートアップの基礎的な考え方を前提にしながら、本章以降は私たちの共同研究から得た理論や実践知をお伝えしていきます。
一連の発信により、みなさんのデザインに対する発見や理解が深まり、少しでもスタートアップとデザインの間にあるギャップが埋まること。その状況がデザインに対する積極的な投資を生むことで、ホームランのような成功を収めつつ、さらに持続的にスケールしていくスタートアップが増えていくならば、私たちとしても幸いに思います。
(文:Sony Design Consulting 江下 就介、Final Aim 横井 康秀)

▶ 前回の記事「デザインの歴史と今日の要点」

優れたデザインを生み出す三大構成要素とは

ソニーデザインコンサルティングとFinal Aimではこれまで、デザインを通してスタートアップや新規ビジネスなど数々のゼロイチ創出に携わってきました。その活動を改めて振り返り、成功したスタートアップや、ゼロからユーザーに共感されるプロダクトやサービスを生み出し継続的にビジネスを展開している事例を分析。そのなかから見いだした、スタートアップを進化させるデザイン活用に関する大局的な基本フレームワークを、ここに提言したいと思います。

デザインの活用によって“共感されるプロダクトやサービス”を生み出し、スタートアップとして大きく成功するためのポイントは、上の図で表した三大構成要素に集約できると考えています。

それは「Aesthetics = 美」「Business = 商」「Technology = 技」です。

スタートアップの創業初期から、これら三大要素に取り組み、それぞれの重なり合いを最大化させることが、共感されるプロダクトやサービスを生み出すにあたって必要な考え方と実践になります。これらは専門性としても分かれている傾向が強く、事業開発を進める中で分断されがちな構成要素ですが、私たちはデザインの<創造的関係最適化力>の活用によって、これらの要素の関係を創造的に調整・最適化することで、その重なりを大きくしていくことが重要であると考えています。

以下、それぞれの構成要素について「商」「技」「美」の順番に解説していきます。

「Business = 商」

経営資源を用いて計画、生産、販売し、営利を目的に継続的に事業活動を行う「商い」を示します。企業の目的そのものであり、例えば、企業理念にもとづいた経営企画や、各戦略から利潤を生み出す事業計画やセールス&マーケティングなど、数値化や指標化を前提にした領域となります。加えて、一般的にはデザインとは関わりが薄いと思われがちですが、社会との関係や責任を果たす法務や、もう一つの重要経営課題である株主に対する利益還元などといった財務の領域も、優れたデザインを生み出すにはアプローチが必要な対象といえます。後の記事でもご紹介しますが、スタートアップにおけるデザインでは特にその影響が顕著になり、デザイナーにも深い知識と優れた実践が必須となります。

「Technology = 技」

最近でいえば IoT、AI、ブロックチェーン、3Dプリント、ディープテックなどの先行技術が取り上げられます。またそういった先端領域だけでなく、例えばハードウェアを実現するための設計や生産技術、ソフトウェアにおけるシステム開発など、文字通り人の手による「術(すべ)」と直結する領域です。特にスタートアップでは、将来大きいスケールが見込まれる技術をテーマにすることがあり、場合によっては、その要素技術開発のみに完全特化したテクノロジーオリエンテッドなスタートアップも多く存在します。ただ、スタートアップとして企業価値を上げ営利を追求し、社会や顧客との関係性をロングタームで継続的に構築する上では、他の2大要素、そしてデザインを無視することはできません。

「Aesthetics = 美」

上記の2要素と比べると、捉えどころの難しい領域かもしれません。また「美」という言葉だけ聞くと、油絵や彫刻といった美術作品・ファインアートといったかなり具体的なイメージで連想が止まってしまいがちです。一般生活には関係ない、ましてやスタートアップ経営においては優先度は低いと思われるかもしれません。しかし、例えばコンサート会場で音楽を聴いて感動したり、スーパーカーを見てカッコいいと高揚したり、スマホアプリを使ってスムーズにオンライン決済を実施したり、レストランで特別な雰囲気と美味しい料理を堪能したりと、広義の「美」を私たちは日々求め購入し体験しているといえます。

ロジックとは真逆の、数値化しづらく体系的に把握しづらい、漠然とした要素だと考えがちですが、下記のように、大きく2つの視点「形体的な美」と「観念的な美」に分解するとわかりやすくなり、客観的な評価や再構築もしやすくなります。

まず「形体的な美」は、具象や具体といった表現そのものを示します。さらに分解すると、色・輪郭・フォルム・光・音・味・香りなどが要素として挙げられます。また、それら要素をコントラスト・シンメトリー・リズムといった手法を取りながら、調和やバランスを取ることで、統一感をもった美として表現することが可能となります。(例えば視覚でいうと普遍的なフォーマットとして白銀比や黄金比が挙げられます)

そして「観念的な美」とは、形体として現実には存在しないものの、私たちの脳内で想起でき、多人数でも共有できる理念や概念といえるでしょう。例えば、風土や歴史など時空が積み重なったヘリテージや、騎士道、武士道、スポーツマンシップといった倫理や道徳、侘び寂びや禅といった思想や哲学が挙げられます。企業活動でいえば、創業ストーリーやビジョン・ミッション・バリュー、またその企業の存在意義を言語化したパーパス、各商品のブランドイメージなど、抽象的ですが人と共有できる観念的な美を私たちは日々、重要視しているといえます。

共感を呼ぶ商品やサービス、ひいては企業の存在意義そのものに共感を抱いてもらうためにも、この「Aesthetics = 美」はスタートアップの成功にとって極めて重要な構成要素だと考えます。


ちなみに、「デザイン」「デザイナー」という言葉からイメージされるものは一般的に、ロゴマークやイラストに代表されるグラフィックデザインや衣服を対象にしたファッションデザインなどが多く、具体的で美術的な技能や才能がどうしても注目されがちです。本来であれば、上記の「Aesthetics = 美」「Business = 商」「Technology = 技」の三要素すべてが統合的に揃って初めて「デザイン」といえるなか、なぜ「Aesthetics = 美」のみに偏って想起されがちなのでしょうか。

我々の推察として、それは労働市場における現状が大きな背景として存在するのではないかと考えています。文部科学省による令和2年度(2020年度)の『学校基本調査』の統計表『関係学科別 状況別 卒業者数』を、私たちが先ほど提唱した3大構成要素に合わせて下記の通り分類してみました。

すると、「美」の領域を担う芸術系の人材が圧倒的に少ないことが相対的に見て取れます。各要素の調和を創造的に統合することがデザインだと定義すると、どうしてもこの「美」を担える人材が労働市場において希少性が大変高く、美術的な側面が必要以上に強調されてしまった結果、「デザイン≒美術」という、本来の意味からはかなり狭くステレオタイプな印象が染み付いてしまったのではないでしょうか。もちろん先述の通り、デザインに「美」は欠かせません。ただし、「美」のみを追求することが優れたデザインであるとか、「美」を極めた人材が優秀なデザイナーであるとは限らないのです。


スタートアップに必要な三大要素の進化と類型

“共感されるプロダクトやサービス”に求められるデザインの三大構成要素を踏まえた上で、さらにスタートアップの進化はどうあるべきなのか、概念図も交えながら考察し、整理してみたいと思います。

まず、創業初期段階ではどの要素もすべてゼロの状態から始まります。それぞれの領域に種を蒔き、実績やアセットをどんどん膨らましていきながら、創造的にそれぞれの関係を調整・最適化していくことで、要素同士の重なりを大きくしていくことが、スタートアップの進化につながります。

スタートアップの進化と三大要素の図。各領域が膨らむことで、重なる面積がバランス良く大きくなる。

その進化で生まれた重なりは「独自性(オリジナリティ)」や「自己同一性(アイデンティ)」といったパワーを持ち、強固で持続可能な、そしてレバレッジも効きやすいプロダクトやサービス、あるいはスタートアップ企業そのものになります。一方で、このような創造的なアプローチには時間の積み重ねが必要なため、創業初期から着意を持ってアクションに移していくことが非常に重要です。そうすることで、時間が経てば経つほど膨大で強力なアセットとして蓄積していきます。

ただし、要素同士に統合的な重なりをつくりながら、それぞれの要素も同時に育むことは非常に難しいのが実状です。下の図のように、各要素がバラバラであったり、要素が欠けているスタートアップも多々見受けられます。そんなスタートアップから生まれるプロダクト、サービス、外部発信は概して一貫性に欠け、ユーザーや投資家からも信頼を得にくく、スタートアップとして大きなホームランがなかなか生まれない状況に陥ってしまいます。

これらの類型のなかでも、いわゆる“デザインが弱い”スタートアップ、そして成長に苦労しているスタートアップの多くは、下記のいずれかに分類されるかと思います。

・技>>>商>>美

研究室発やエンジニアフォーカスで起業した技術オリエンテッドなスタートアップを中心として、特に創業初期フェーズによく見受けられるパターンです。会社を起ち上げてからしばらくは、スピード最優先で独自技術の開発に邁進していても、短期的に問題はないでしょう。ですが、どんな特殊技術であっても競合からキャッチアップされてしまえば(特に昨今はどんなに新しい技術でもコモディティ化が短期間で起こりやすくなっています)、マーケットや顧客の獲得、将来性や持続可能性も踏まえた成長を実現することに失敗してしまいます。

・商>>>技>>美

ビジネスモデル構築や顧客開拓の営業力など商売上の実力や実績は申し分ないが、独自技術が弱く、またブランド力やロイヤリティ顧客が不足しているパターンです。特にスタートアップとしてスケーラビリティのある成長市場を狙う場合、テクノロジーとそれを体現するユーザーエクスペリエンスの視点が欠けていると、レバレッジの効いた成長が難しく、エクイティファイナンスにおいてバリュエーションも付きにくくなると思われます。

・美>>>商>>技

表現に偏ったデザインが先行しているパターンです。「デザインが強い」と表層的には見えたとしても、深堀りすると「デザイン」が表現として目的化されてしまっている場合があります。例えば、知的財産権に対する着意や戦略が欠如していたり、ビジネスモデルやロジックの脆弱性、持続的な成長力の不足、時代や市場を先行するようなテクノロジーの観点が抜けている場合など。総合的にみても、デザインとしては不完全な状態といえるでしょう。(すべてとはいいませんが、 “デザイナーズ〇〇” といった謳い文句にはご用心を。この手のパターンが多く見受けられます)

・商=技>>>美

最後のパターンは、ビジネスと技術力はバランス良く強固に結合しているが、クリエイティブなど「美」の要素が圧倒的に弱いケースです。売上や利益などの数値達成や、技術的に着実といえる実績があるにもかかわらず、ブランド力やロイヤリティ顧客の不足、イノベーションがなかなか生まれない体質、社内カルチャーの停滞といった課題を抱えている企業が頻繁に見受けられます。ある程度成長したスタートアップ、そしてスタートアップに限らず大企業でも、このような状態に陥っているケースがあると思われます。

デザインの三大要素の理解を踏まえ、いざ実践へ

今回は、ソニーデザインコンサルティングとFinal Aimの共同研究から見いだした、デザインの根源にも通じる基本フレームワークを提言しました。

ご覧いただいた通り、優れたプロダクトやサービスのデザインを構成するためには、デザインを最大限活用し、「Aesthetics = 美」「Business = 商」「Technology = 技」の要素を創造的に関係調整・最適化していくことで、その重なりを大きくしていく取り組みが、スタートアップの進化につながると考えています。

特に「Aesthetics = 美」に関しては一般的に触れられる機会が少なく、イメージとして把握することが難しかったかもしれません。それでも、「デザイン」に対する狭義で偏ったイメージを少しでも解きほぐすことができたなら、私たちとしてもうれしく思います。

今回は概念的な解説をしましたが、次回以降では、デザインがスタートアップの成長にどう寄与できるのか、具体的な実践例をもとにご紹介していきます。

2022年7月26日 Sony Design Consulting 江下 就介/Final Aim 横井 康秀

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