デザインのアプローチ – 概念と思考のプロセスと4象限

デザインの力で、スタートアップや新規ビジネスの“ゼロイチ”実現をサポートするために。前章「デザインがスタートアップにもたらすもの」に続いて、本章ではスタートアップのデザイン活用法について考えます。
最初となるこの記事では、実際にデザインをビジネスに有効活用する上での考え方や、思考の要点となる部分について掘り下げていきます。ここではデザイナーの活用方法と、デザイナーをどのタイミングでプロジェクトに参画させるべきかについて説明します。
(文:Sony Design Consulting 福原寛重)

▶ 前回の記事「提言:スタートアップを進化させる“デザインの三大要素”とは」

概念と思考のプロセスと4象限

デザインを進めるプロセスには、いろいろな方法があります。代表的なもので最も有名な手法は「Design Thinking(デザイン思考)」です。デザイナーの思考プロセスやアプローチについて、一定の側面を体系化した意味において有意義かつ、素晴らしいものだと思います。ただ、これはデザインをビジネスに応用可能なモデルとして考え、思考プロセスとして組み入れるためには有益ではありますが、デザイナーがデザインを実践するプロセスに於いては、そこまで重要ではないと私は考えています。

というのも、デザインは多様なトレードオフの判断を行いながら進める仕事です。例えば、AとBという二つの要素をアピールしたい場合を想定すると、Aを優先するとBの優先度が下がり、AとBの双方を優先すると、Aを優先することに特化したケースよりも効果が下がるため、表現の内容も含めてトレードオフを行う必要があるのです。
実際のデザインプロセスはさらに複雑で、このように単純な2項比較ではなく、多くの事項についてプライオリティ付けや取捨選択を行います。その上で、与えられた課題を並行して解決するためにアイデアを考え、論理的解決だけでなく、表現としての解決策などを同時に考察し、組み立てていくプロセスが実態となっています。
このように、ほんの小さなデザインプロセスでも「Design Thinking」における“5つのステップ”(共感/Empathize、問題提起/Define、創造/Ideate、プロトタイプ/Prototype、テスト/Test)が何度も繰り返されているといって過言ではありません。

こちらの図は、デザインプロセスにおける4つの象限を整理したものです。
デザインプロセスの多くの場合、初めの段階では、目標や目的などがかなり曖昧なことが多いものです。企画書や仕様書が万全だとしても、そこに記載された理論上の目標や目的と、実世界への落とし込みとの間には多くの場合においてギャップが存在しているからです。

デザイナーが持つ強みと仮説形成

例えば「No1を目指す」という企業の思いであったり、「ユーザビリティを改善する」など顧客目線のもの、「品質を高めながらコストダウンを実現する」など一見矛盾した要望を含むものまで、さまざまなレベル感や条件が混在しているケースが多い一方で、その目的達成のための方法が決まっていなかったり、論拠に乏しい目標設定が多かったりするためにギャップが生まれます(課題に対する論拠が揃っている場合でも、解決方法に対する論拠まで揃っていることはほとんどないといえます)。
つまり、いかに論理的な下準備が揃っていたとしても、デザインという観点で評価すると、初期状態は「Vague(曖昧、ぼんやり、不明瞭な)」なものであるケースが多いといえます。この Vague な状態を、議論や確認を通じて「Concrete(現実の、実際の、具体的な)」にするには、多大なエネルギーと時間を要します。そのため、一旦抽象化するという作業が重要になるといえるのです。

デザインというプロセスを考える上で、私が重要だと考えるのはこの“抽象化”です。抽象という言葉は「曖昧なもの、ぼんやりしたもの」として理解されがちですが、これは誤りだと思います。抽象とは“必要な要件や情報を含んだまま適用範囲を限定させずに広げる行為”であり、要旨、要約です。英語でいうと「Abstract(抽象的、観念的、要旨)」であって「Vague(あいまい、ぼんやり、不明瞭な)」ではありません。それゆえ、抽象化とは極めて難易度の高い作業だと思います。

抽象化の方法は、すべての要件を曖昧なまま利用するところから始まります。その方法は視覚的なものに対する「可視化」と、論理的な部分における「推論」がセットになると考えられます。推論法には大別して「演繹法(Deduction)」と「帰納法(Induction)」があります。
演繹は普遍的原理に従って論理を展開し事実確認を行う方法で、命題から事実確認を行う方法といえます。帰納法はその逆で、個別の事象から結論を導く方法であり、あくまでも推論になります。
推論法にはもう一つ、哲学者のチャールズ・サンダース・パースの提唱した「アブダクション(Abduction:仮説形成)」があり、デザイナーが最も注力するべきはこの「アブダクション」だといえます。

デザイナーが行う「可視化(ビジュアライゼーション)」というプロセスは、たとえあらゆる条件が決まっておらず、すべてが仮に設定されたものだとしても、その曖昧な情報を元に現時点でイメージできるゴールを描き出す能力だといえます。そのテクニックを「仮説に基づいたデザイン」と呼ぶこともできますが、「デザインスケッチ」と呼ばれる手法もその一種です。具体的なプロダクトやグラフィックによるイメージが存在しないものや、コンセプトなどの形がないものであっても、概念図やコンセプトビジュアルとして可視化することができます。

デザイナーの有効な活用方法とは

このようにデザイナーが行う可視化というプロセスは、一種のアブダクションであり、演繹や帰納だけでは導けない答えを導き出すのに有益です。一般的にイメージされるグラフィック的なスケッチやバリエーションを表現したものは、単なるスケッチでしかありません。アブダクションとしてデザインスケッチを行うためには、設定された要件に基づき、現時点で選択可能な“ディレクションの差”を明確に分けて表現する必要があります。このように仮説を可視化したデザインは極めて強力なツールとして、抽象化された課題の解決方法になり得ます。

このような“抽象化された課題の解決方法”としてデザインを用いながら議論を進め、それを繰り返し行うことで、よりスピーディに理想と実世界との間のギャップを埋めていくことができます。この方法は、会議室で資料を使って何度も議論をするよりも、圧倒的に高いパフォーマンスを実現できます。目標や目的をConcreteなものにするための最短ルートは、まず課題の抽象化と、並行して行う仮説形成(アブダクション)、可視化(ビジュアライゼーション)、仮説に基づく議論というアプローチではないでしょうか。

一方、協働においてデザイナーを最も上手く活用する方法は、プロジェクトのできるだけ早い時期に、その存在をできるだけ信任し、ポジティブであれネガティブであれ、すべての情報を与えて“具体的なデザイン案”ではなく“仮説”をビジュアライゼーションさせることが重要だと考えています。逆にいえば、諸条件が決まったプロジェクトの後半戦でデザイナーをインボルブ(迎え入れ)しても、その条件以上のものは生まれないため、デザイナーのパフォーマンスは必然的に低くなるということです。

これらの話をふまえて、経営者やビジネスマンにあらためて提言しておきたいことは、「本当の意味でデザイナーを最大限に活用したいのであれば、できるだけ早い時期にインボルブする」ことだといえるでしょう。

2022年10月19日 Sony Design Consulting 福原寛重

Contact us

プロジェクトのご相談や、取材・講演などのご依頼、その他のお問い合わせは、以下のフォームより受け付けております。お気軽にお問い合わせください。
お問い合わせには、プライバシーポリシーへの同意が必要です。必ずご一読ください。
Thank you! We will get back to you shortly!
Oops! Something went wrong while submitting the form.
プライバシーポリシー利用条件