実践事例:スタートアップの成長にデザインはどう寄与できるのか

デザインの力で、スタートアップや新規ビジネスの“ゼロイチ”実現をサポートするために。これまでの記事では、スタートアップやデザインとは何か? という基礎的な解説を通して、私たちの共同研究から得た理論や思考アプローチをお伝えしてきました。
本章では、私たちが実際にデザイン支援を実施したスタートアップの事例を参照しながら、デザインをどう実践に落とし込むべきか、どのような効果や成果が期待できるのかについて、具体的に解き明かしていきます。起業家、デザイナー、投資家など、スタートアップに関わるすべての方々にとって有益なノウハウを共有したいと思います。
(文:Final Aim 横井 康秀)

▶ 前回の記事「デザインのアプローチ – 概念と思考のプロセスと4象限」

スタートアップを成長させるデザインとは

ソニーデザインコンサルティングとFinal Aimでは、創業間もない初期から事業化フェーズ、製品やサービスの開発プロセスへと至るまで、数多くのスタートアップの多様なフェーズに接してきました。共同研究においては主だった事例をピックアップし、実践内容をはじめ、成果や効果について定量と定性の両面から詳細に振り返りを行いました。そのなかでもデザイン導入がスムーズに進んだスタートアップについては、背景や仕組みなどの成功要因を抽出し、ポイントを整理しています。

起業家自身をはじめ、スタートアップの創業初期においてデザインとの関わりは、外部デザイナーの起用というケースがほとんどだと思われます。その観点から、スタートアップと協業するデザイナー、そしてファイナンスを含め経営全般に携わる投資家まで、全関係者に共通する実践的なノウハウやエッセンスを本記事でまとめていきます。

ケーススタディ:ティアフォー社におけるデザイン導入

今回は、株式会社ティアフォー(TIER IV, Inc.)の事例についてご紹介したいと思います。

ティアフォーは愛知県名古屋市に本社を置き、東京とシリコンバレーにもオフィスを構え、従業員も約200名を数えるグローバルスタートアップです(2022年7月時点、「社長名鑑」より)。同社が手がけるのは、オープンソースソフトウェアでもある自動運転車用オペレーティングシステム「Autoware」や自動運転モビリティの開発。2017年12月には、遠隔制御型自動運転システムの実証実験を日本国内の一般公道で初めて実施し、自動運転レベルのうち特定条件下においてシステムがすべての運転タスクを実施する完全自動運転「レベル4」の実現にも成功しました。
15年12月の創業以来、第三者割当増資による資金調達も順調にラウンドを重ね、わずか7年の間に企業評価額は883億円を超えました(2022年10月時点、「STARTUP DB」より)。さらに22年7月には、SOMPOホールディングス、ヤマハ発動機、ブリヂストンを引受先としたシリーズBラウンドにおいて121億円の資金調達を実施。創業以来の累計資金調達額は296億円に達しました。

Final Aimのチーフ・デザイン・オフィサーである横井は、ティアフォーの創業者兼CTOの加藤真平・東京大学准教授と密に連携を取りながら、同社の創業初期フェーズからデザイン⽀援を行ってきました。自動運転タクシーや物流⽤⾃動マイクロモビリティなど、数々のオリジナルデザインの開発とローンチを実施し、ティアフォーのビジョンや社会実装の実現、企業価値の急成長に⼤きな貢献を果たすことができました。

“自動運転車の原型”と企業アイデンティティのデザイン事例「Milee」

デザイン協業の第1弾として実践したのは、当時ティアフォーが開発を進めていた自動運転モビリティ「Milee(マイリー)」のデザイン。「Milee」は、旅客を運送するいわゆるタクシー業をターゲットにした車両で、電動ゴルフカートをベースとした車体に3次元レーザースキャナ(LiDAR)と画像カメラをセンサーとして搭載し、認知・判断・操作のすべてを先述の完全自動運転ソフトウェア「Autoware」で自動化した車両です。

ティアフォーの自動運転モビリティ「Milee」

ティアフォーとの最初のコンタクトは2016年頃に遡ります。その当時、自動運転技術はアメリカを筆頭に先行領域として業界内で盛り上がりを見せていました。しかし、一般的なニュースでは製品やサービスなどはおろか、技術的な情報が扱われることは滅多になく、社会的な認識はまだ希薄な状況でした。
ティアフォーが開発していたソフトウェアも当時はまだ発展途上の段階であり、スタートアップとしても大型資金調達はこれから、知名度もまだ知る人ぞ知るといった状態でした。

同社からの最初の相談は、「ソフトウェアをテストするための車両を開発したい」というピンポイントな内容。そのインプットを受けつつも、起業家として加藤氏が描くビジョンや野望、なぜティアフォーを創業をしたのかというミッション、目指す事業の形やファイナンスの戦略など、直近のマイルストーンから中長期の構想まで、対話を深めていきました。
この段階で心がけたのは、時間や納期はもちろん意識しながらも、いきなり車両開発のデザインには取りかからないこと。まずはゼロ地点からディスカッションを始めることによって、"ありたい姿 = ビジョン"をじっくりと引き出していく。その上で、ビジョンを結晶化させたアイコンを創ることも初回デザインプロジェクトのゴールに設定し、視点と視座を高めていったのです。

言語/非言語の両面を用いた有機的なプロセスを実施した。

ゴール設定の仕切り直しの次は、加藤氏とのディスカッションを実施。
議題にはあえて「ティアフォーってなんだろう?」といった直球な問いかけを設定し、擬音語や擬態語など多様な表現も用いたキーワード抽出から、ビジュアルコラージュ、スケッチから3Dモデリングによる立体造形、競合デザインの市場調査、移動や自動車の歴史をひも解く作業まで、言語/非言語の両面を用いた有機的なプロセスを進めていきました。

ここで結晶化されたデザインコンセプトは以下の通りです。

  • (当時の状況として)そもそも自動運転車両という領域は一般的な認知から市場形成まで、まだ黎明期で定まったイメージがない状態。自ら“デザインの解”を創り出していくことが必要であり、既存の“自動車”の延長線上から“あるべき姿”を考えても効果は望めないだろう。
  • この作業はティアフォーのアイデンティティ構築に加えて、自動運転車の“原型”を創り出すことでもある。他のスタートアップが「自動運転車ってこういう形だよね」とティアフォーを真似するようになる、それくらいの意気込みで取り組もう。
  • ティアフォーが開発する自動運転車は、自動で運転するというより“自律して動くもの”。一つの生き物を創るつもりでデザインし、社会的な存在として老若男女に幅広く受け入れられるアイコンを創り出そう。
  • 小さい子どもが街なかで、自律的に動く「Milee」に遭遇。家に帰ってお父さんやお母さんに、自動運転車両に初めて触れた体験について「今日こんな乗り物に出会ったよ」と簡単にお絵かきできるようなデザインや、体験や物語を想像していこう。

コンセプト段階からこのようなデザインイテレーション(Design Iteration/短いスパンで立案→製作→検証→改善といったデザイン開発工程を繰り返すこと)を実施しながら、その当時必要とされたあらゆる観点を統合したモビリティの形をデザインしていく。その蓄積が最終的に、「Milee」として結実しました。
こうしたデザインの取り組みは、「Milee」の発表後もメディア露出による知名度アップをはじめ、事業開発やファイナンスにも大きく寄与し、それが自社ソフトウェア「Autoware」のテスト車両として日本各地で行われている実証実験にもつながっていきました。まさにティアフォーを代表するアイコンにして、同社のアイデンティティそのものを確立することに成功した事例だといえるでしょう。

社会的な存在として老若男女に幅広く受け入れられるアイコンを確立した。
インテリアは技術的な難解さを排除し親近感を強調しながらも、完全自動運転「レベル4」が瞬時に伝わるようにデザインされた。
配車アプリのUIデザインにもキービジュアルが反映されている。

スケーラブルな成長におけるデザインの役割

先述の自動運転車用オペレーティングシステム「Autoware」は、オープンソースソフトウェアとして優れた汎用性や拡張性を持っており、自動運転車両のみならずさまざまな領域に導入が可能です。ティアフォーとしても、その技術的な可能性を元に広大な展開構想を初期から思い描いていましたが、私たちが手がけたデザイン支援はそのスケーラブルなビジョン、事業、そして企業価値の実現にも貢献しています。
その一例として、「Milee」の次なるデザイン協業プロジェクトとして発表した近距離物流用自動運転モビリティ「Logiee(ロージー)」を紹介したいと思います。

近距離物流用自動運転モビリティ「Logiee(ロージー)」

プロジェクトの初期の要件は、「物流業界に向けた新規車両のデザインと開発を進めたい」というシンプルなゴール設定でした。
初期調査で判明したのは、ひと言で“物流”といっても、事業所、倉庫、空港、商業施設、集合住宅、ラストワンマイル(配送物を各顧客に届ける最終区間や接点のこと)など、現場によって多種多様なユースケースが存在すること。いくらソフトウェアが柔軟に対応できたとしても、それを受容するハードウェアがないことには社会実装は果たせません。
では、どのようなハードウェアをデザインすれば良いのか。上記のような多種多様なニーズに応えるには、個別にハードウェアをデザインすることが最適解と思われます。しかし、スタートアップ経営の観点からすると、その方法は事業成長や企業価値向上といったスケーラビリティの視点にそぐわないものになってしまいます。

こうした仮説を元に加藤氏と綿密なやりとりを重ね、その成果を結実させたデザインが「Logiee」です。大きな特徴として、「Milee」で確立したアイデンティティを受け継ぎながら、車体をベース部分と多種多様なカスタマイズが可能な上位部分とに分けたことが挙げられます。また、プロジェクトのゴール設定にあたっては「どのようなカスタマイズがあり得るのか」というバリエーションのデザインと開発までを想定し、実際にやりきることにもこだわりました。

車体をベース部分と多種多様なカスタマイズが可能な上位部分に分けて構成。

「Logiee」もまた、「Milee」と同様に発表直後からメディアや展示会で注目を浴び、同じくソフトウェアの検証車両としても活用されました。また、広大な敷地を有する大企業の構内用の配送手段や、国内大手スーパー内の移動カート、飲食店や地域と組んでラストワンマイルデリバリーの実証実験を行うなど、数多くの事業連携を実現しました。
そのほか、デザインの観点を通じて発表後の大型資金調達にも貢献し、「Milee」と同じくスタートアップのスケーラブルな成長に寄与することができました。

ビジネスの構想から社会実装までをデザインで支援

「Milee」と「Logiee」に続いては、ビジネスと社会実装の側面においてより汎用性と拡張性の高い貢献を行った事例として、「AI Pilot」のデザインをご紹介します。
「AI Pilot」は、商用施設内や市街地郊外の短距離移動、また工場・倉庫内での物流搬送を支える低速自動運転車向けに、自動運転に必要となるセンサー(LiDAR、カメラ、IMU(慣性計測ユニット)、GPSなど)、コンピュータデバイス、各種ハードウェア及びソフトウェアをすべて一体化した量産型システムユニットです。事前にキャリブレーション済みのLiDARやカメラなどのセンサー類一式が集約された筐体を既存の車体ルーフに取り付け、「Autoware」がインストールされたコンピュータデバイスと接続することで、誰でも短期間で自動運転車を構築することができます。

既存の自動車の上に「AI Pilot」を載せ、車両と接続するだけで自動運転車を構築することが可能となる。

この「AI Pilot」の開発においても、デザイナーが開発現場と緊密に連携を行い、デザイン・設計・製造を包括的にサポートしました。
初期段階では、いったん量産や販売といった要件を外した上で、技術検証を最優先させたデザインを企画し、実行しました。具体的には、いきなり最終商品をデザインせず、初期段階として単一のプロトタイプを前提にしたデザインを実施。角パイプや板金など汎用部材を徹底的に活用したバージョンから、工業用3Dプリンターを活用したバージョンへとデザインを段階的にアップデートしていきました。
そのなかで、ソフトウェアとハードウェアの技術的な構成から、取り付けのしやすさや外観の審美性などを含む商品性まで、あらゆる要件をアジャイルに検証。量産や発売後に起き得るリスクを可能な限り低減させながら、最終バージョンを経て、製品として販売を開始しました。

その結果、ユーザーや販売パートナーなど多方面からデザインについて好評を得ることができました。年を追うごとに製品も進化し、2021年には東京都が公募した「第5世代移動通信システム『5G』を活用した自動運転移動サービスの実証実験」にも採択され、すでに数多くの「AI Pilot」が社会に実装されています。

西新宿エリアを対象とする自動運転移動サービスの実証実験にも導入された。

デザイン協業の成功要因とは?

ここまでは、ティアフォーにおける創業初期のビジョン/事業/企業価値のスケーラブルな成長からビジネスや社会実装の促進に至るまで、デザインとデザイナーが大きく貢献したケースを見てきました。しかし、単にデザイナーがスタートアップと協業するだけで、ここまでの成果がもたらされたとは考えられません。その問題意識のもとに数多くの取り組みを振り返るなかで、デザイン協業の成功に必要不可欠だと思われる複数の要素が見えてきました。

デザイナーは経営を、起業家はデザインを、解像度高く理解すること

デザイナーが取りがちな行動として、自己表現を重視したアプローチが挙げられます。その結果、製造や販売といった実現面や、売上やコストといった収益面、知的財産権も踏まえた法務面など、経営における基本的な目標がおろそかになってしまうケースが散見されます。
そうならないためには、デザイナー自らが経営の基本を身に付け、起業家とスタートアップに寄り添うこと。さらに、成果物のみならず経営課題をクリアしていくこともデザインのうちだと捉えられるかどうかによって、最終的なインパクトが大きく変わってくるのではないでしょうか。

その一方で、スタートアップの起業家にも「なぜデザインが自社に必要なのか?」「何を達成したいのか?」を自らに厳しく問い、それをデザイナーにも率直に投げかけながら理解を深めていくというアクションが必要だと考えます。
例えば、協業の初期段階からデザイナーと起業家で丁寧なブリーフィングを行い、内容の解像度を上げてみると良いでしょう。論点としては、自社の強みや弱みといった基本的な経営戦略、売り上げやバリュエーションなど財務に関する目標数値、技術的な特徴と開発ロードマップ、営業やマーケティングといった販売計画、そしてデザインを経営戦略に導入することの問題意識などが挙げられます。
このように基礎的で重要な論点のレベルにおいて、デザイナーと起業家がともに考えを深め、理解し合う関係を築くことができなければ、その後どんなに協業を進めても優れたデザインは生まれない。そう言い切ることもできると思います。

デザイナーと起業家が直接連携し、アジャイルに伴走できる体制

デザイナーと起業家が企画、決定、そして最終実装までのすべてにおいて終始一貫して連携し、トップマネジメントできる体制が不可欠です。これは、スピードと急成長が大前提だったティアフォーとの協業をはじめ、同じく成功を収めたどのプロジェクトに関しても同様の体制を敷いていたことにも表れています。
そのためには必然的に、経営から開発プロセスに至るすべての工程について、幅広い知見が求められるでしょう。起業家はもちろんのこと、デザイナーも外部であるかどうかを問わず、早急に状況や課題をキャッチアップできることが望ましい。だからこそ必要なのは、前章でも述べたような「概念と思考のプロセス」を実践する能力だといえます。
「開発が進まない」、「製品やサービスが売れない」、「資金調達がうまくいかない」といった一刻を争う厳しい局面が日々起こり得るのがスタートアップです。それだけに、二人三脚で迅速に突破口を切り開くことができる体制をいかに構築できるかが、重要な成功要因になってきます。

ロングタームかつ投資的なアプローチによるデザインの運用

上記の要因とも重なりますが、デザイン協業は極力、早い段階から始まることが望ましく、さらにデザイナーと起業家の関係としても、構想のみで終わらずに最終実施と目標達成までともに責任を持つことが重要です。これは商品やサービス単位のデザインにとどまらず、会社そのものについてもいえること。スタートアップの創業からエグジットに至るまで、同様の重要性が当てはまります。
それゆえに長期的な視点で、かつ“ホームラン”を狙うスタートアップとしては、理念的にも高い視座を持つことが不可欠だといえるでしょう。しかし実情としては、短期的な“打ち上げ花火”のような意図でデザインが扱われることも少なくありません。それでもスタートアップであればこそ、デザインに対する方針の設定や日々のアクションを積み重ねていくなかで、デザイン導入の取り組みが途絶えないような投資的なアプローチと運用体制を維持できるかどうかが、成功の鍵を握っていると考えます。

デザイナーも起業家も、ともに高め合う関係へ

今回は自動運転業界を代表するスタートアップ、ティアフォーとの協業における具体的な事例を元に、デザイナーと起業家の間でどのような連携が行われたのか、それがどのような効果や成果に結実したのかについて、できるだけ実践的に解き明かしました。まとめとして挙げた成功要因については、より細かいポイントもありますが、重要なエッセンスを抽出してお伝えしました。このエッセンスを一言に集約するなら、「投資としてのデザイン導入/デザイナー協業」とも表現できるでしょう。
ややもすればコストとして捉えられかねないデザインですが、起業家もデザインを前向きに理解し、そしてデザイナーも経営的な観点や投資的な思考につながるアプローチを身に付けることで、ともに高め合う関係性の構築を目指していただきたいと思います。

2023年X月XX日 Final Aim 横井康秀

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